



堀尾文人(1939年)
マウイ高校(中退)
東京巨人軍 (1935)
阪急軍 (1936~1938)
大阪タイガース、阪神軍 (1939~1941)
■成績 .247 7本 57点
■主な記録
なし
ジミー堀尾
日本プロ野球における初の外国人かつ
スイッチヒッターの日系選手。
メジャーでの日系人プロ野球選手第一号を夢に
時にはアメリカの地で時には全日本の代表でプレイしてたが、
結果を出すことはできず、
36年に三宅大輔監督からの誘いを受けて新設された
阪急軍に入団することで日本のプロ野球に本格参加。
洗礼された守備力と当時としては珍しい振り切るバッティングで
36年には一試合連続打席3三塁打を記録したが、
無愛想な態度から人気はあまりなく、
39年にはライバル球団であった
大阪タイガースに移籍したことで人気が更に低迷。
罵声を浴びされることもあったが、
タイガース第12代四番打者としてチームに貢献した。
しかし戦争による日米間の関係悪化よって阪神を退団。
退団後は帰国し船のペンキ塗りの仕事や購入したガソリンスタンドの傍ら
ハワイリーグで野球を続けたが戦争終結の45年に現役引退。
その後、1949年に骨ガンにより42歳という若さで亡くなってしまった。
■特能等解説
弾道、ラインドライブ
ロケット弾のような本塁打が持ち味の選手だが、
センターオーバーの本塁打も打ってるところや
二・三塁打もそこそこ打ってる感じなので弾道3のみに…
とか思ってたんですが、
ここまで書いててやっぱり入れた方が
いいかもなと思えてきました。
数日後にしれっと入れるかも。